理想のアイドル此処にあり。

とにかくキラキラしたものが好きです。

ジャニヲタになるまでなってから

 
かれこれ約10年間、世間一般的にジャニヲタと呼べるかどうか定かではないが、とりあえずジャニーズを他のアーティストやアイドルに比べて贔屓にし、多量に摂取してきた。途中、部活や受験勉強の忙しさにより、ブランクがあるものの心の片隅にはいつもジャニーズの存在を感じて生きてきたつもりである。そこで、いつから自分をジャニヲタとして意識し、どのような経緯を辿ってきたかふと思い返してみたくなったため、筆を執った次第でありんす。
 
0歳〜小学生まで
田舎のごく平凡な家庭に生まれた。一人っ子だから、家では一人で病院ごっこやレジ打ちのマネやレゴブロックに勤しんでいた。保育園の発表会では、モーニング娘。のダンスをマネして出し物をしたような記憶がうっすらとあるが、当時の私は、テレビの中のアイドルに憧れを抱く女の子というより、帰る時間ギリギリまでマイペースに絵本を選び、先生を感心させると共に困らせたり、一人で黙々とママゴト用のキャベツを刻んだりという風な少し変わった子供だった。
小学生になっても、基本姿勢は変わらず、クラスの人間関係や派閥の流れには身を任せ、なるべく争いを避けて生きていた。当時の流行りモノと言えば、たまごっちや動物の森やスライムであり、ジャニーズにおいては、仁亀や山Pが圧倒的人気を誇っていた。これは、ごくせんや野ブタの影響が大きい。また、同級生の中には、松潤と自分の相合傘を黒板にデカデカと描いたり、亮ちゃんの加工画像を丁寧にラミネートして筆箱に忍ばせている者もいた。私は、そういった姿を真似するでも軽蔑するでもなく、みんな、いろんな趣味があるんだなー。と横目で見ていた。
 
中学生
小学校に比べ、それぞれ部活動や恋愛に没頭していくうちに、ジャニーズ人気も段々と下火になっていた。しかし、まだ、ジャニーズに興味を示す子も多く、ジャニヲタであってもさほど浮かない環境であった。私は、上戸彩主演で実写化されたアタックNo. 1に感化され、初心者の少ないバレー部に入部した。大して頭角を表すでもなく厳しい練習に惰性で臨んでいたのは、逆に退部して悪目立ちしてしまうことを恐れる気持ち理由として大きかった。
そんな日々を送るうちに、同じ保育園に通い、小学校で一旦別々になったものの再び同じ学び舎となったMちゃんと仲良くなった。彼女は、元光一担現亀梨担の誰が見ても納得のジャニヲタだった。ある日の学校帰りに、彼女の家で遊ぶことになり一通り、学校での出来事を喋り倒しながら菓子を貪り食った後、ふと私の目はテレビ台の中のビデオテープの山を捉えた。気になって聞くと、「少クラを録画したやつ。」との回答が帰ってきた。はて、少クラとは??私の脳内の疑問符を感じ取ってか、Mちゃんは、「少年倶楽部って知らない?BSで日曜18時からやってるの。」と嬉々としていた。はて、何だかタイトルだけ聞くと、如何わしい深夜番組さながらである。内容説明もそこそこに彼女は、レコーダーにテープをセットした。どこかのホールの映像が視界に飛び込んできた。ステージ上には、どこで売っているのか聞きたくなる生地を使った独特の衣装を身に纏って華麗に力強く時にぎこちなく歌い踊りトークをする若干15〜20歳の少年たちがいた。そして、客席には、彼らの一挙一動に黄色を通り越して蛍光イエローくらいの歓声を上げ色とりどりのライトと名前の入った団扇状のものを持っているファンがいた。こんな空間がこの世に存在するのかとカルチャーショックを受けた。Mちゃんを見ると、完璧なフリと共にノリノリで歌っていた。かと思えば、自ら、メンバーの名前やグループの特徴等を詳細に語り始めた。ここで、ジャニヲタなるものの存在は知っていたが、ただ単に顔がカッコいいからテレビに出ているからといった理由で好きなわけではないという事実に震えた。そんな私の心の機微も知らず、画面の中では、A.B.CがCrazy Accelで色気を漂わせ、Kis-My-Ft2がローラースケートを使って盛り上げていた。
それからというもの、Mちゃんの家に行くと必ず少クラの先週放送分を見返して感想を言い合った。
半年ほど経ち、既にジャニーズの世界に引き込まれていた私は、自分にとっての担当が定まっていないことに気付いた。一方のMちゃんはどうやら、中島裕翔くんに担降りしたらしかった。私はしばらく、DD状態で番組を楽しんでいたが、次第に、当時、中丸くんとMCを任されていたNEWSの小山慶一郎くんを意識するようになった。恥ずかしながらNEWSは山Pしか存じ上げていなかったため、少クラを通して初めて彼の存在を知った。この微妙な気持ちの揺れ具合をMちゃんに伝えると、何だか彼女はとても嬉しそうだった。そのとき私は、まるで初恋の相手を友達に打ち明けた時のような甘酸っぱくて照れくさい不思議な感情を抱いた。こうして記念すべき私の初担当は慶ちゃんとなった。
同じ中学に山Pの大ファンで何度かコンサートにも参戦済みのAちゃんがいた。共通の趣味が話すきっかけとなり、彼女にチケットを取ってもらい、3年生の12月に「NEWS WINTER PARTY DIAMOND魂@広島グリーンアリーナ公演」にて参戦デビューする運びとなった。
 
 
高校生
MちゃんともAちゃんとも違う高校に進学し、かねてより入りたかった吹奏楽部に入部した。高校生になった私は、You&Jに入会し、以前よりヲタ活に力を入れた。自己紹介の際は必ずNEWSファンを臆することなく名乗るスタンスでいたが、同級生にはあまり熱烈なジャニヲタはいなかったため珍しがられた。Mちゃんとはほぼ月1ペースで遊び、Aちゃんとは、2年生の9月に「NEWS DOME PARTY LIVE!LIVE!LIVE!@京セラドーム」に参戦した。
しかし、3年生にもなるとお互い忙しくなり、Aちゃんとは疎遠になっていった。受験勉強に本腰を入れ始めたことと少クラのMCが世代交代したことにより録画をしなくなり、私のジャニーズについての情報源は明らかに減っていった。
そんなとき私をある事件が襲った。
山下智久錦戸亮NEWS脱退」
いつものように夕食を食べ、風呂から上がって携帯を見ると、友達からメールが届いていた。そこには、私を心配する言葉があった。状況が飲み込めなかった私は、とりあえずネットニュースを漁った。冗談にしては大がかりすぎるし、エイプリルフールなんかではもちろんない。一目散に両親に告げると、さすがに衝撃的だったのか目を丸くしていた。確かに、ここ数ヶ月NEWSの活動は芳しくなかった。山Pはソロ活動もお芝居も、才能とチャンスに恵まれ、頭一つ抜きんでていた。関ジャニ∞の活躍は飛ぶ鳥を落とす勢いであり、掛け持ちの亮ちゃんとしては、苦渋の決断ではあるが、仕方ないことだった。にしても未だかつてないショックを受けた。
4人で活動することになった。 自担は残留しているものの違和感は拭い去れなかった。今思えば、ショックによる担降りという表現が最も適当であろうか。
 
 
予備校
 第一志望の学部に入れなかったため、もう1年、受験勉強をすることになった。予備校で同じ授業を受けていたHちゃんから、ある夏の日、突如として、「ジャニーズ好きだったりしない?」と何の脈絡もなく訊ねられた。私は、被せ気味に、「好きだったりする!!!」と返した。ジャニヲタ特有の匂いを放っていたのだろうか。先日、久しぶりに会った際に、気になって聞いてみると全く覚えてないと言われた。
Hちゃんは元相葉担現横尾担だったが、この年になると普通に生きていても、めったに同志にお目にかかることは出来ないので、休み時間にジャニ話に花を咲かせた。この辺りから、そういえば…って感じで、少クラ視聴者に舞い戻った。そのうちにあるグループに目が行くようになった。それがSexyZoneである。具体的な瞬間はおろか日付すら覚えていないが、確実に5人の虜になった。物心付いたときからミュージックステーションだけは欠かさず見ているので、デビュー後初登場のセクゾちゃんたちも当然、把握している。にもかかわらず今頃、時間差でやってきた。ふまけんが少クラデビューした頃の記憶は鮮明にあるし、慶ちゃんがフレッシュJr.として勝利くんを紹介していたのも覚えている。聡マリちゃんを見てショタァと叫んだ気もしないではない。とりあえず、バラを持って帝劇で時代を創ろうとしているセクゾちゃん姿を見て、あんなに目立っていたふまけんは端っこで、センターにはTHEジャニーズな子を据えたんだなーとだけ感じていた。(何様)
しかし、私の眼は紛れもなく彼らを捉えて離さなかった。
 
Hちゃんと話すようになってから、3ヶ月ほど経った頃だった。意を決して、若干の照れを隠しながら、それとなく彼女に伝えてみた。
 
「ね~Hちゃん、今一番若手のSexyZoneって知ってる~?最近、ちょっと気になっちゃってってね。GAMEとかスキすぎてとかあってね~」
 
 
「えっ、うそ私も!!ちょっヤバくない??」
 
まさかまさかグッタイミンすぎる。からのハイタッチ。
 
こんな偶然あってよいものか。私たちは二人とも自他ともに認めるハマり症であるが、それにしても出来た話である。
 
 
大学入学〜現在
結局、第一志望学部には縁が無かったが、隣県の第二志望学部に合格することができた私は、過去最高にジャニヲタを謳歌して現在に至る。大学生は、お金も時間も余裕があり、人生のうちでヲタ活に最適な時期と言っても過言ではない。とは言うものの全ステしたり、オクで何倍もの値が付いているチケットを購入するまでには財力も勇気もないが、とりあえず毎月、$誌テレビ誌音楽雑誌でセクゾちゃんが載っているものは買い、その他のグッズも大まかには網羅してるつもりでいる。あくまでマイペース。
結局、NEWSのシングルはチャンカパーナWORLD QUESTまで買ったきりだが、やっぱり今でもNEWSの曲は自然と口ずさむし、テレビ画面に現れると体温が2℃上がる。いっぷくでマッスーが亮ちゃんと共演して会話しているととってもほっこりした。
 
今すごく後悔していることがある。一つは、中1の時に、純粋に観戦目的で行ったバレーの試合前に、山P率いるkitty GYMがフィーバーしているにも関わらずパンピー目線でいたこと。
もう一つは、ジャニヲタブランク期に放送された、セクゾちゃん達とりわけちびーずの映像が手元に残っていないことである。
 
予想以上に長くなってしまったが、ここまで詳細に振り返ってみるのは初めてだったので、楽しかった。これからも初心を忘れずに(?)マイペースなジャニヲタであり続けたい。